2015年3月27日金曜日

【イベントレポ】「学びに困難を抱える子どもたちを支えるために―エクストラレッスン その理論と実践」

掲題の講演に参加してきたので、学びをメモしておく。

まず、エクストラレッスンについては、イベントの告知文から説明を抜粋すると、下記のようなものである。

エクストラレッスンは、1960年代、イギリスのシュタイナー学校の教師をしていたオードリー・マカレンが、学習に困難を抱える子どもたちを助けるために開発し始めたもので、ルドルフ・シュタイナーの「全人的な人間の発達という視点に立ったこどもの教育」に基づいています。こどもの幼少期の発達が、その後の学習や行動そして振る舞いにおける基礎を築くという視点に立っています。エクストラレッスンでは、宇宙や自然界にあるフォルムの動き、重力と拮抗する床での動きを取り入れたエクソサイズや治癒的な働きのある水彩などを繰り返し行うことで、こどもたちのポディジオグラフィー(身体的認識)と空間認識を育て、感覚の統合を助け、こどもの意志を伸ばし、その能力と個性の開花を促し、ホリスティックに子どもの困難に治癒をもたらします。

講師のマリアン・ジャッド氏は、オーストラリアで臨床心理士、エクストラレッスンプラクティショナーとして20年ほど活動し、教職経験に加え、エクストラレッスンについての論文で博士号も持っているなどプロフェッショナルの方だった。

午前の部では主に「学習に困難を抱える子ども」とはどのような子どもたちなのか?なぜ困難を抱えるようになったのか?といった話が中心であり、午後は質疑応答、エクストラレッスンの概要、実践の一部を体験するワークショップ、ジャッド氏のPHT法によるアセスメントの研究についてなどを学んだ。

学習に困難を抱える子どもたち

エクストラレッスンが対象にしている「学習に困難を抱える子どもたち」は、端的に言えば、ADHD、軽度の自閉症スペクトラム障害、ディスプラクシアの子どもたちのことである。
どれもはっきりとした要因は分かっていないのが現状だが、有力な仮説をもとにして簡単に説明すると、下記のようになる。


ADHDは前頭前野の発達遅延により、情報や運動の統合機能が適切に働いていないために、知能は正常にもかかわらず、多動や注意力散漫などが観察される。

軽度の自閉症スペクトラム障害とは、一昔前でいうところのアスペルガー症候群であり、社会性の欠如や常同的行為が観察される。

ディスプラクシアは、計画的な行動や順序立てたタスク処理、文字を書くなどの微細な運動に困難を抱えている。
(オーストラリアでは2006年の調査で学校に通う子どものうち約22%の子どもがディスプラクシアであり、その多くは病識がないあるいは適切な支援を受けられていないとのこと)


こうした子どもたちは、例えば聴覚でいうと本来ならば気にならないような音まで聞こえてしまう「聞こえすぎ」の状態にある。
情報に適切な意味付けができないため、情報過多の状況となり、常にストレスを感じて疲れやすくなったり、イライラしたりしてしまう。

これらの困難は、基本的に感覚処理に障害があることが分かっており、7歳までに健全な発達を完了してこなかったことが深く関わっている。
こうした考え方は、神経系の可塑性(neuro plasticity)という、感覚・運動刺激が脳の発達に影響をおよぼすという概念にもとづいている。
つまり、適切な刺激や運動によって、適切な神経系の発達が起こってくるという考え方である。
したがって、エクストラレッスンはまさにその核となる感覚処理に働きかけるものとして開発された。

シュタイナー教育では、発達を7年ごとに捉え、最初の7歳までの段階では、肉体の発達が重要であるとされている。
ジャッド氏もこれを支持し、この最初の7年の発達が健全に行われることが、その後の学びを円滑に進めるための土台となるということを繰り返し述べていた。

原始反射(primitive reflex)

では、健全に発達してこなかったとはどういうことだろうか?
ジャッド氏によると、それは原始反射が適切な時期に抑制、完了せずに残存したまま年を重ねたということである。

原始反射とは、脳幹によって自動的に引き起こされる身体の運動反応であり、基本的に生まれた時点ですでに幼児は獲得している。(胎内にいるうちから原始反射は始まっている)

例えば、下記のようなものがある。

・モロー反射
大きな音などに対して、闘争または逃避行動をとるための反応として現れる。
自律神経の発達に関わっているとされるため、免疫の強さや消化機能、バランス感覚、空間認識などの能力に関係してくる。

・ATNR
乳児の顔の向きに応じて、腕と足が進展する反応で、視覚系の発達に関係する。

・前方TLR
うつぶせの時に、腕で状態を支え、頭が水平になるように保とうとする反応。
ハイハイするための基礎となる。


こうした原始反射は、発達とともに抑制され、大脳皮質の理性によって行動を制御できるようになるが、適切に完了しなかった場合、先に述べたような発達障害などを引き起こすことがあるという。
また、原始反射の次に姿勢反射と呼ばれる姿勢を保つための運動能力が発現してくるが、ここにも影響を与える。
このため、エクストラレッスンはなるべく早い段階で受けた方が良いとジャッド氏は述べていた。

エクストラレッスンでは、こうした原始反射が残存しているかどうかを厳密なアセスメントによって測定し、残存している段階から支援を始める。

エクストラレッスンについて

エクストラレッスンは、まず厳密なアセスメントから始まる。
アセスメントは、プラクティショナーだけではなく、栄養士や検眼士、オステオパシーの治療師などと連携して行われる。

アセスメントは、まず比較的学校での振る舞いに関連する領域から行われる。
というのも、保護者が子供を連れてくるのは、ほとんど学校での振る舞いに何かしらの問題があるとされたことによるからだ。
具体的には、読み書き計算、友人関係、感情面などを評価する。

次に、原始反射の残存具合、姿勢反射が適切に発揮されているか、運動の質、バランス感覚、日々の健康状態、疲れやすさなどを見る。
また、成育歴や出生時および胎内にいるときの様子までヒアリングするようだ。
更に、簡単な視覚検査や聴覚検査、眼と手の協調性、利き手側の身体の統合性、微細運動、粗大運動の質、ボディジオグラフィー(身体の部分の位置関係の認識)などを検査する。
アセッサーとのコミュニケーションから、対人関係能力についても同時にアセスメントを行っているようだ。

こうした複数の領域に渡る厳密なアセスメントを経て、エクストラレッスンは、個々人に合わせた形でプログラムが組まれる。
こうしたアセスメントは、おおよそ20週間ごとのスパンをおきながら、繰り返し行われる。


エクストラレッスン自体は、週に一回のセッションであり、レッスンの無い日には、子供に合わせた宿題が出される。宿題といっても、ドリルのようなものではなく、基本的に運動である。
保護者の状況などで宿題をやり続けるのが難しい場合は、セッションを週2,3回に増やすなどの柔軟な対応をとることもある。

エクストラレッスンによる効果が上がり、完全にレッスンを完了できるのはおおよそ1年程度とのことである。しかし、近年では、子どもをとりまく問題が深刻化したことで2年ほどかかることが多くなっているらしい。
後述するが、特に聴覚的な刺激の質は現代において随分低下しているようで、主に運動面から働きかけるエクストラレッスンに加えて、聴覚にフォーカスした「リスニングセラピー」を併用することでより有効な改善が見られるようである。

エクストラレッスン成功の鍵は、まず子どもとの信頼関係を構築すること。
そして、適切なハードルのチャレンジ(リスク)を子どもに課し、成功体験を沢山積ませることだとジャッド氏は言っていた。

現代の子どもたちをとりまく問題

ジャッド氏は、現代の子どもたちをとりまく問題についていくつか述べていた。

・「選択する」という環境の増加
ジャッド氏は、幼少期の頃から、「何食べたい?」「どこ行きたい?」というように、子どもに選択を迫るようなことが現代では増えているという。
こうした選択は、まだ幼い子どもにとっては十分な決定を下すには圧倒的に情報不足であることが多く、大人がするべきことは状況にふさわしい決定を子どもに見せることであるという。

・好き嫌いの激しさ
これは、味覚の感覚が過敏になってしまっていることに関係があるのではないかとジャッド氏は述べていた。
味覚を過敏にするのは、加工食品などの過剰摂取によるところが大きい。
また、砂糖中毒とも呼べるような状況も多く見られるが、砂糖を摂取することで刺激される部分はコカインのそれと同じであることから、「子どもを麻薬中毒者にしたくなければ砂糖を減らしなさい」とジャッド氏は冗談めかして保護者に伝えるらしい。

・感覚刺激の強さ
テレビや、ボタンを押すと激しく音のなるおもちゃなどの視覚、聴覚刺激は、生まれて間もない子どもにとっては刺激が強すぎるそうだ。
そうした強い刺激を受けてしまうと、適切な発達に結びつかず、発達遅延を引き起こす恐れがある。
ジャッド氏によれば、2歳までテレビからは子どもを遠ざけた方が良いとのことである。


得られた示唆・感想

・厳密なアセスメントの重要性

「子どもはその子なりのスピードでしか発達できない」とジャッド氏は語る。
エクストラレッスンが効果を上げている最大の要因は、実は厳密なアセスメントによって、その子に最適なプログラムを提供していることなのではないかと感じた。
また、そうした子ども一人ひとりのために、専門家のあいだで連携体制がしっかりと構築できているところも、非常に先進的だと感じた。

子どもの発達に目を向けるということは、一人ひとりの子どもにとって最適なものを探り出そうとす
る子ども目線の教育の発展形である。

良い教育とはなにか、という問いは延々と議論され続けているが、多様な方法論の優劣よりも、そもそも徹底的に子ども目線に立とうとするその姿勢を何よりもエクストラレッスンから学ぶべきではないだろうか。
我々は「この教育は良い」と評価する際に、どれだけ子どもに着目しているだろうか?
子どもの感覚処理や幼児期からの成育歴までさかのぼって子どもへの効果を追求できているだろうか?
新しい、流行に乗った教育というだけでそれを賞賛するのは、大人たちの自己満足なのではないだろうか?


・「7歳までの発達が、その後の学びの土台となる」

これはジャッド氏が繰り返し述べていたことである。
幼児教育が学力に対して非常に大きな要因を持つことは現代ではほぼ基本的に合意されている事実であるが、この言葉が印象に残っているのは、現場で子どもを真摯に観察し続けてきたプロフェッショナルとして断言していたからだと思う。


・公教育への導入の難しさ

先に書いた厳密なアセスメントの負の側面として、コストの大きさがある。
一人ひとりの子どもに最適なものを見つけようとすればするほど、教育にかかるコストは膨大なものになる。
その意味で、エクストラレッスンにかぎらず、子ども目線からの教育はなかなか公教育で広げていくのが難しい。

しかし、この問題には解決の糸口もある。
一つは、それでも現場で多大な努力をし、成果を上げている教員の方が存在すること。
また、テクノロジー的な進歩(現状のe-learningを指しているわけではなく、可能性として)や、そもそもの教育にかかるコストという考え方についての転回によって解決できる可能性はあると僕は考えている。これについては後日改めて書いてみたい。

少なくとも、こうした徹底的な子ども目線の教育は、現状の学習指導要領に基づいた日本の公教育に対する強力なアンチテーゼであることは間違いないのではないかと思う。



簡単ではあるがメモをまとめてみた。
実際には、エクストラレッスンの実践の一部を体験させていただいて、自分の身体感覚が実は意外と統合されていないことに気付かされたり、ジャッド氏の博士論文のテーマである「PHT法によって、学びに困難を抱える子どもを見分ける事ことができるか?」という発表により、オードリー・マカレンの発達論が実証的に支持されることを話していただいたり、わざわざ東京から行った甲斐のある非常に学びのあるイベントだった。

一方で、脳科学や精神医学、臨床心理学、幼児教育学などの知識に乏しいために、話された内容を十分にクリティカルに検討できないことは歯がゆく感じた。
エクストラレッスンやブレインジムのような感覚運動を重視する教育法には批判があるのも事実であり、時間を見つけて知識を得ていきたいと思った。

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