ハーバード教育大学院のカート・フィッシャーは、新ピアジェ派の発達心理学者である。
理系の研究者であるフィッシャーは、綿密な科学的研究によって、ダイナミックスキル理論という画期的な発達理論を提唱した。
現在、アメリカではフィッシャーに近い理論モデルが主流になっているようである。
例えば、一昨年著者が邦訳されたロバート・キーガンのモデルなどは、1980年代から変化がなく、すでに最先端からは外れているそうだ。
新しいものが必ずしも正しいとか良いというわけではないが、フィッシャーの理論は素直に「より納得の行く」理論だと感じた。
現在フィッシャーの理論で邦訳されているのは、丹精社より出版されている『成人の知的発達のダイナミクス―発達ウェブからのアプローチ』のみであるが、少々難解であった。
インテグラル・エデュケーション研究会の鈴木規夫さんの解説を聞いて多少理解できたので、自分なりにまとめてみたい。
ダイナミックスキル理論は何が新しいのか?
ダイナミックスキル理論の特徴は、大きく分けて2つである。
1つ目は、知性や能力、意識といったものが人間の内面に蓄積されていくという静的な概念から、「スキル」という環境や状況、他者の関わりなどを含んだ文脈に動的な構造で発達を捉える概念へのシフト。
2つ目は、はしご型の発達モデルから、ウェブ(蜘蛛の巣)型の発達モデルへの転換。
このウェブとスキルという2つの概念が、ダイナミックスキル理論を理解する上で肝要となる。
ダイナミックスキル理論が説明してくれるのは、以下のような問題である。
・「昨日できていたことが今日はできない」「先生と一緒に出来ても、自分一人ではうまくできない」というミクロなレベルにおけるスキルの不安定性。
・「高次の意識段階に至っていると思われる人が、低次の意識段階の人に特徴的な行動をとることがある」という一見したところの矛盾。
・そうしたスキルがいったいどのようなプロセスによって成長していくのか?
個人的には、ダイナミックスキル理論は、目から鱗が落ちるような全く新しい知見というより、従来の発達理論が説明できていなかった、あるいは違和感のあった現象や解釈が、よりもっともであると思えるように説明してくれているものだと感じた。
ウェブ状の発達モデル
フィッシャーの発達理論を特徴付けるウェブ状の発達モデルとはなにか?また何が新しいのか?
従来の発達理論は、発達をはしごに例えることが多かった。
従来の発達理論は、発達をはしごに例えることが多かった。
発達とは、一段一段はしごを登っていくように起きるものであり、上昇していくことがある種”良い”ことであるかのようなイメージが暗に示されていた。
こうしたイメージのことを、フィッシャーはpre-analytic visionと呼び、このメタファーをまず疑うべきだと述べている。
フィッシャーは、はしごに替えてウェブ(蜘蛛の巣、網の目)というメタファーを提唱している。
一つ一つの線が特定の発達領域をあらわすとして、それらの線が伸びていく中で他の線と結びつき、より複雑で高度なスキルを発揮できるようになるというモデルである。
例えば、紙に線を引くというスキルと、紙を切るというスキルが結びつくことで、我々は工作というスキルを獲得する。
または、論理的思考と、メタ認知のスキルから内省的思考を獲得する。
このようなイメージで発達を捉えると、ある領域において高度な発達段階に至っているとされる人が、別の領域だと低次のパフォーマンスに終始することも不思議ではないといえる。
はしごモデルでは、ある発達領域について、それぞれ単一のリニアな発達段階を想定するため、そうした領域間の相互作用にどうしても目が向きづらいという欠点があった。
ガードナーの多重知能理論においても、複数の領域があるということは主張されても、それらの間の相互作用についてはあまり言及されていなかった。
また、このウェブの形は、生まれ育った環境や先天的な要因から、一人として同じ形になることはない。
どの線がよく伸びていて、どの線があまり伸びていないかは人によって様々なのである。
そのため、発達は個々人独自のものになる。
人によって、ある知識をどのように理解しているか、どんな知識と結びつけているかが異なるという基本的な事実も、フィッシャーの理論に従えば納得しやすい。
既存の発達理論は集団のパフォーマンスから帰納的に導かれたものであったため、常に「例外」として扱われる事例が存在していたが、個人の認知的パフォーマンスから組み立てられるダイナミックスキル理論では、こうした発達の個人差により説得力のある説明を与えることができている。
はしごモデルでは、基本的に発達という現象は「前進/上昇」していくものとして捉えられるが、ウェブモデルでは「広がり」として捉えられる。
スキルを広がりとして捉えることにより、発達はより高次のパフォーマンスを発揮するようになっていくことではなく、課題のレベルに応じて発揮できるレベルの幅を増やしていくことであると説明されるのである。はしごモデルでは、基本的に発達という現象は「前進/上昇」していくものとして捉えられるが、ウェブモデルでは「広がり」として捉えられる。
動的なスキルとはなにか?―スキルと変動性
ダイナミックスキル理論の核である「スキル」とはなにか?スキルとは、人間の内面的構造と、環境や状況、他者の存在などの文脈が一体となってつくり上げるシステムのことである。
分かりやすく言えば、スキルはそのとき具体的に発揮されているパフォーマンスであり、と同時にそれを可能にする内面的構造そのものである。
文脈依存という意味において、コンピテンシーと少し近いところがあるかもしれない。社会構成主義的な能力観の延長にあるものだと捉えられる。
従来の発達理論では、知識や能力といったものは、人間の内面に蓄積されていくものだと考えられていた。その後、構成主義的な考え方を経て、知識や能力は、文化や社会、環境などの文脈と相互作用しながら構成されていくと考える社会構成主義的な能力感が現在では主流を占めるようになった。
フィッシャーのスキルという概念も、まさに社会構成主義的であるが、更に特徴的なのは、変動性という概念を強調していることである。
スキルが発達するということは、高次のパフォーマンスを常に発揮し続けるということではない。
高次のパフォーマンスを発揮することができるようになるだけであり、実際に発揮されるパフォーマンスはその時々の文脈に応じて変動するのである。
例をあげると、実存的思考段階に至った人は、その日の夕食のメニューを決める際に、「自分の生きる意味はなにか?」ということまで踏まえて意思決定するわけではない。
発達するということは、与えられた課題に対して適切なレベルのスキルを発揮できるということなのである。
従来の発達理論では、高次の発達段階に至るにつれて、発揮されるパフォーマンスは多少の幅はあるものの、全体として高次のものになっていくという重心型のモデルを想定していた。
しかし、フィッシャーのモデルはこうした重心モデルを否定していることになる。
最適レベル(optimal)と機能レベル(functional)
フィッシャーは、発揮されるパフォーマンスのレベルには、支援の有無などの状況の違いによって、差があるとする。
なぜなら、スキルは前に述べたように文脈に依存し、関係性の中で発揮されるからである。
最適レベルとは、支援者による適切な介入がある場合に発揮されるスキルのレベルであり、機能レベルとは、独力で発揮されるレベルである。
定義上、基本的には最適レベルは機能レベルよりも高いレベルのパフォーマンスである。
例えばスポーツのインストラクターに教えられてやっているときに出来たことが、自分一人でやってみるとうまくいかなかったりすることがあるのは、この概念によって説明がつく。
前者は、右肩上がりの波のような発達曲線を描き、後者はゆるやかに上昇していく。
そして、年齢を重ねるごとに、この2つのスキルレベルの差は広がっていくという。
機能レベルのスキルは、最適レベルとを往還していくことで成長していく。
従って、適切な支援者の存在はスキルの発達において重要なファクターとなる。
更に、フィッシャーはscaffolded(手取り足取り、支援者と一緒にやる)、automated(無意識的、身体知的)なレベルも想定しているが、主に焦点を当てているのは最適レベルと機能レベルの2つである。
重要なのは、関係性によって発揮されるレベルは異なるということであり、例えば最適レベルにしか焦点を当てずに発達測定を行うことは、適切な評価にならない可能性がある。
スキルの発達―Backward TransitionとForward Consolidation
では、このウェブとスキルという概念を踏まえた上で、スキルの発達とはどのようなものなのだろうか?まず、スキルは発達するにつれて単一的、具体的なレベルからより複雑、抽象的なレベルへと移行していく。
料理を例に取ると、具材を切るというスキル、具材を焼いたり煮たりして火を通すというスキル、味付けをするスキル、盛り付けをするスキルというのはそれぞれ独立したシンプルなスキルであるが、これらが結びつくことで一つの料理を作るというスキルになる。
更に、複数の料理を作れるようになると、和食を作るスキル、洋食を作るスキルというように更に高度で抽象的なスキルを獲得する。
個々の具体的な要素から、一般化された法則(例えば根菜は自ら茹でる、鉄鍋は予熱を必要とするなどなど)を獲得していくことでより抽象的なスキルを構成していくのである。
ここまでは、既存の発達理論で説明されている内容とそう大差はない。
しかし、フィッシャーの理論が面白いのは、更にミクロなレベルでスキルがどのように発達するかということを述べている点である。
フィッシャーによれば、スキルは無数の変化する条件を経験するにつれて、安定的なパフォーマンスを発揮できるようになるという。
引き続き料理の例で説明すると、豚汁を作る際に玉ねぎを試しに人参に変えてみるとする。
すると、どうも玉ねぎで作っていたときのようにうまくいかない。
このように、未知の細かな状況の変化に直面すると、スキルは一時的にかなり低次のレベルまで退行するとフィッシャーはいう。
そして、試行錯誤を繰り返す中で、人参は玉ねぎよりも火の通りが遅いという法則を発見し、再びスキルレベルは回復する。
こうした様々に細かく変化した状況を経験していくことで、安定的にその段階のパフォーマンスを発揮できるようになるのである。
プロフェッショナルとはその分野で誰よりも失敗を重ねた人であるという格言があるが、まさにフィッシャーの理論はそれを支持している。
あるレベルにおいてスキルが安定的に発揮されるまでの過程で、スキルの退行現象(すなわちフィッシャーの言うBackward Transition)が起きるということは非常に興味深い。
失敗を繰り返すということはまるで悪いことのように捉えられがちであるが、実際には我々の発達はリニアでただ上昇していくだけのものではないのである。
前にできていたことができなくなったということを非難してしまうのは、教育現場においてもよくあることだが、そうした発言をしてしまう我々のメンタルモデルを疑う必要があるといえる。
あるスキルレベルが機能レベルで安定的に発揮されるようになるのは、次の最適レベルが出現してからはじめて達成される。
これをForward Consolidation(前進への地固め)とフィッシャーは言う。
つまり、最適レベルの段階が上がったからといって、そのレベルのパフォーマンスを安定的に発揮できるようになる(=機能レベルのパフォーマンスになる)のは、しばらく時間がかかる。
一般に最適レベルから機能レベルへの移行に、成人は3~4年ほどかかるとフィッシャーは述べている。
emergence zone
スキルは、頻繁に退行を繰り返しながら成長していくことを前項で述べたが、複数の独立したスキルが結びつくことで、急激な発達段階の成長、すなわち最適レベルの急上昇(スパーツ)が見られることがある。興味深いことに、この急上昇は、複数の発達領域を横断して並行的に発生する。
この部分をemergence zoneと呼ぶ。
ウェブにおけるいくつかの能力の線がある程度の長さに伸びている様子を想像して欲しい。
それらの線が突然それぞれ結びつき、より高度で複雑な能力が複数の箇所で開花するのがemergence zoneという部分で起きていることである。
認知心理学的な意味での発達段階の上昇とは、このことを指していると考えられる。
こうしたスパーツの発生は、大脳皮質の活動のパターンと相互関連性があるという研究もすでに存在しているようである。
実際に、どんなスキルがどのぐらい成長することでemergence zoneが起きるのか、ということについて詳しいことは分かっていない。
そもそも発達のウェブは個々人によって異なるため、そうした一般的な法則は得られないのかもしれない。
しかし、少なくとも、いわゆる発達段階の上昇というものは、単一のスキルをただ成長させていてもなかなか起こりづらいものであり、多様な発達領域において研鑽を積む必要があるということがここから学び取れる。
まとめ・示唆
以上がダイナミックスキル理論についての僕の理解をまとめたものである。要約すれば、以下のようになる。
私たちは複数の能力を独立した線として、網の目のように、個々人に独自の形で多方向に拡張していく形で発達していく。
また、そうした能力は、関係性や周りの環境、自分の感情や体調など、様々な文脈に依存しており、常にパフォーマンスは変化しているような動的なもの(=スキル)である。
そうして発達していった複数の独立した能力は、emergence zoneにおいて互いに結びつくことで、次なる最適レベルが出現する。
最適レベルのパフォーマンスは、出現した当初は適切な支援者の介入を必要とし、安定的に発揮できないが、無数の変化する状況を経験していく中で、その都度スキルは退行しながらも、徐々に安定して発揮できるようになっていく。
そうして更に次の最適レベルが出現するときになって、ようやく前のレベルでのパフォーマンスが安定的なもの(=機能レベル)になるのである。
この最先端の発達理論は、非常に示唆に富んでいる。ざっとあげるだけでも、以下のようなことが考えられる。
- 生涯教育への応用:年齢を重ねるごとに最適レベルと機能レベルの差が拡大するということから、適切な支援者の介入の必要性が重視される。また、emergence zoneでのスパーツは、複数の能力の発達が、認知心理学的な発達において重要であることを示唆する。従って、時代に求められる意識構造を持つためには、単一の領域のみの探究では心許ないものとなる。
- 退行現象の見方のポジティブな転換:これまでの発達=前進というメンタルモデルの中では、「この前できていたことができなくなった」というのは、失敗や良くないこととして捉えられがちであった。しかし、退行現象がスキルをより安定させ、より高い段階へと発達させるために必然的に起こる現象であるという理解は、例えば教育の場面においてより適切な評価をもたらす。
また、フィッシャーは「発達はゆっくりと起こるべきだ」とも述べる。
実はピアジェは、American problemという「何事も効率的に迅速にやることが良い」という固定観念を批判し、フィッシャーと同様のことを述べている。
しっかりと基礎固めをし、緊密で強固なウェブを作ることで、より大きくウェブを広げることができるのである。
アメリカでは、早期英才教育を受けた人々の発達は途中で停滞し、ゆっくりと発達してきた人はその後も成長し続け、前者を追い抜いていくといった研究結果も提出され始めているようだ。
教育者としては、最適レベルのパフォーマンスをしっかりと引き出すためにも、焦らずに時間をかけて指導するという姿勢が求められるだろう。
不勉強の身であり、しっかりと原典やフィッシャーの他の論文を読み込めていないことは非常に心苦しいが、ひとまず現時点での理解をまとめてみたかったこと、周りの教育に関心を持っている人に紹介したかったことから記事を書いた。
今後、フィッシャーの論文についてはweb上で読めるものも多いので、しっかりと読み込んでいきたいと思う。
参考
Kurt W. FISCHER, Zheng YAN, Jeffrey STEWART, 中川恵里子訳 (2003)『成人の知的発達のダイナミクス―発達ウェブからのアプローチ』丹精社「発達理論の学び舎」http://www.yoheikato-integraldevelopment.com/(2015/3/15)
インテグラル・エデュケーション研究会 2015年第1回講義(2015/3/14)
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